FC2ブログ

平等(フェア)と言った時点で負け

2021-02-24
最近毎朝カフェでコーヒー飲みながら仕事をしています。空腹でこれをすると頭が冴えて仕事が捗ります。東京はコロナ禍でもまあまあガイジンもいて、隣に米国人の若い子が本国の誰かとインタビューしています。

「日本の人たちは日本人ばかり大事にしてガイジンにはアンフェアだ」

よく聞く言葉です。むしろこれ言わないガイジンは旅行者だけでしょうwそれもそう、日本は(戸籍を持った黄色い肌の日本語を話す)日本人のための制度で作られた国だからです。移民で成り立っている米国とは根本が異なります。

これは日本がいい悪いの話ではありません。私はこういう日本が嫌いですが、それはともかく、大事なポイントはそんな国たくさんあるし、米国のような国がスタンダードでもないということです。このガイジン的に言えば、フェアなんてどこにも存在しません。世の中全てが根本的にアンフェアなんです。

人は生まれた時点で遺伝、家庭環境、住むところ、国籍、肌の色、男女などなど全てにおいて、共通するところはありません。自分と全く同じ人間がいない、という意味は誰でも共感できるでしょう(クローンですら育つ環境は同じにならない)。平等なんて存在しないんです。

機会の平等はあるべきだ、と言う人もいますが、そりゃあそうなんだけど、同じ理屈で本当に平等になることなんてあり得ません。勉強をできる機会の平等は親の経済力に比例しますし、どの国を選ぶのか、どの環境で生きることを選ぶのかも、経済的にも物理的にも選べる人、選べない人は分かれます。

ただし一つだけ平等なことはあります。それは

「自分が努力すること」

人それぞれ能力によって、1努力に対する効果は平等ではありませんが、努力をできること自体は平等に与えられた権利です。なのにできる努力をしないで、結果の平等を求めていることを「言い訳」と言います。結果の平等だけを求めるなら、北朝鮮など共産国にでも行って、全員皆貧乏になったらいいですよね。最近だとベーシックインカムだと言い出すでしょうか。。

学ぶ努力
新しいことをチャレンジする努力
人に聞く努力
情報収集する努力
自分の頭で判断する努力
意見する努力
効率化する努力
人と関わる努力


努力できること身の回りにいっぱいありますよね。
tag :

覚醒せよ

2021-02-19
最近、子供といる機会が多く、子供たちが「覚醒」する瞬間をよく見ます。突然脳みそが進化したように、パンって次のステージにくるんです。そりゃあ0スタートで大人になっていく過程だから当然といえば当然ですが、これ大人になってからもあるんです。「覚醒」した人をたくさん見てきたし、覚醒するコツがあることも知ってます。

子供たちには何もかもが新しい世界で、チャレンジの連続です。これまでになかった概念が石を割るかのように脳みそに降りかかってくる、関わった人が両親とは全く違う角度で物事を話してくれ覚醒する。

対して、大人たちはそういった新しい世界もチャレンジも少なくなっていきます。これから新しくチャレンジすることよりも関わる人間よりも、これまでに培ったものの割合が多くなっている。これが「覚醒」を阻害します。だから覚醒するコツというのは・・・

・これまでと違う世界へ行ってみる(効率無視し、わざと無駄なところへ)
・これまでと違う環境に身を置く(転職、違う趣味など)
・飛行機に乗って海外へ行く(文化もだけど、高度高いところへ行くと脳に変化が現れる)
・外国語を話す(右脳が動き出す)
・これまでと違う人と接してみる(外人でも日本人でも)
・アゲ〇〇と付き合う(愛の力は強し)


などです。

今、採用面接を毎日しているところですが、60歳を超える方が採用エントリーしてくれました(年齢聞いてないけど定年してるので多分超えている)。多国籍企業に勤めていて、40年間英語ばかりで他国の同僚、顧客と仕事をしてきたとのことです。金融ではないので、うちに入ってどうかな?と思ってましたが、話をしたらとてもしっかりしている。言っていること全てに裏が取れていて、自分ができることできないことがハッキリ言えます。よく見せて認められたい、というのがないんです。そして今回60歳を超えて、新しい世界へチャレンジしたいということで、小さな金融の会社にエントリーしてもらえました。まだまだこれから学ぶ気満々です。私にとっては60歳超えても「覚醒」するところを見れるんだな、ってワクワクしています。

※K2採用エントリーはこちら

人はいつでも覚醒できるし、いつまで経っても覚醒できません。ON/OFFのスイッチ一つです。誰でも今すぐに、自分だけでスイッチ変えられますよ。
tag :

いい大人が「自分は頑張ってる」なんて言わないで

2021-01-28
いい大人が一番言ってはいけない言葉。

「自分はこんなに頑張ってるのに・・・」

人は赤ちゃんとして生まれてから、文字を読み書きできるようになり、自分で勉強をするようになり、自分が好きなこと、没頭できることを見つけ、職業としていくことを決める。最初は頑張ってご飯を食べる、頑張って親が話していることを聞いて理解しようとする、頑張って話してコミュニケーションを取る、頑張ってあいうえおを覚える、頑張って本を読む、頑張って習い事をする・・・って頑張ることがまずは目標です。頑張れることを当たり前になっておくことが子供の頃にしておかないといけないこと。頑張って受験勉強して合格して大学へ行く。受験勉強なんて社会で全く役に立たないし、大学の講義のほとんどが役に立たないけど、頑張れたことに意味があります。脳みその良し悪しはありますが、頑張ったランキングをつけるのが大学受験です(私個人の考えとしては、同じように頑張るなら受験勉強なんかじゃなくて、大学なんて行かず、最初から自分がしたいことに向ければいいと思いますが)。

しかし社会へ出ると違います。頑張ったことが評価されたら、そんな理不尽な社会も会社もありません。社会にどれだけの価値を提供したか、会社の売上にどれだけ寄与したか、つまりは結果が全てです。結果が出てなくても頑張ったから評価してくれなんて、頑張らない子供が言うことです。


「頑張っているけれど、コロナのせいで営業成績出ませんでした。」
→まず株価は絶好調です。コロナ脳な国民多かったろうし、企業業績も絶対に悪いけれど、投資家マインドは高く、結果も絶好調でした。自分までコロナ脳になって、足元のできることをやらなかっただけでは?

「頑張って起業できること探してるけど、なかなか見つからないんです。」
→起業をすることを探してる時点でズレてますw頑張るのは今している仕事。今している仕事が不満で起業するとか、転職するなんて人間は永遠いい先見つからないし、成功もありません。今の仕事を真剣にやって結果を残したら、その先に起業なり転職なり、社内での出世が見えてくるんです。

「私達だって、頑張ってるのに日本人が日本の悪口を言うなんてどうかしてる」
→日本にいるから頑張っても成果出ないなら、日本から出たらいいでしょう。日本から出る努力はしましたか(海外渡航、語学習得、海外で就職など)?ヒトラーと同じ民族主義??ここまで来るともう笑えない。ちょっと危ないですよ。


子供にすら「頑張れ」なんて言葉をかけてはいけません。頑張ることが目標となってしまい、結果を出すこと、その先の目的のためにやっていることを子供が認識しなくなってしまうからです。頑張るなんて当たり前。大人になったら誰でも何も言われなくてもみんな頑張っている。目指すのは・・・

「頑張らずに結果を出すこと」

子供はなかなか理解できませんが、頑張ることが当たり前になった頃、徐々に理解してくれるようになるでしょう。
tag :

学ぶことと成功することの違い

2021-01-26
以前にも書いているような気がするんだけど、海外来ても同じ経験にあっているので再記。

大人になっても学ぶことは続けるべきです。私も40を超え中年となりましたが、、50歳を超えても学んでいる人たちたくさんいます。けれど学ぶことと成功することは別物。成功するために学んでいるのであれば、実際に行動して成功させないといけません。それは誰のためでもなく、自分のためであるはずですから、自分のやり方で成功すればいいんです(人と同じことをやったら成功しないことはもうわかってますよね?)。

これは以前も書いたセミナー族の話です。「〜会」「〜グループ」でも構いません。セミナーに行ったり本を読んだりして勉強することはいいことですが、学ぶことが目的になっていませんか?学びたいと思ってる他の参加者と戯れたりしていませんか?学ぶことが目的となってもいいんです。それならそれで見識も広がるし、生きていく上で何事も知らないよりは絶対に知っていた方がいいです。けれど成功したいなら実行しないといけませんよね。なので成功するためには、セミナーに参加しない、「〜会」を止めるという決断がどこかで必要になるんです。

けれど成功するためのセミナー、勉強会を主催してる人はそれをちゃんと話してくれますか?

「あなたはこのセミナーの内容を聞いたら、もう2度とセミナーに来てはいけません。すぐに自分のビジネスと24時間365日向き合って、結果を出してきてください」

と言ってくれますか?言ってくるようなら、そのセミナーは成功者を作るためのセミナーです。もしまた次のセミナーの呼び込みでもしてようものなら、それはセミナーでその人が稼ぐためにあなた達が存在します。

もし「〜会」という有志で勉強するような会で、仲良く勉強していたとして、その仲間達はあなたに「もうここには来るな」と言ってくれますか?異業種と交流することも多少必要ではありますが、あなたが成功することよりも優先されるべきことではありません。成功するには四六時中あなたのビジネスに、顧客に向き合わないといけませんから、やめることをアドバイスしてくれた人が本当の仲間です。

同じくニュースばかり見てる人も時間の無駄です。大学生も証券会社でも、社会のことを知って営業で、面接で、話ができるようにと毎日新聞を読まされますが、経営者は大きな流れと業界情報さえあれば、それ以上のニュースは必要ありません。日々流れてくる取り止めもない情報から自分を遮断するのも必要な判断です。

せっかくやっているビジネスなんですから、成功しましょう。成功すると関わる人も見えてくるものも違ってきますよ(私もまだまだ成功を目指している者です)。
tag :

何もしないか今を生きるか(教育)

2021-01-26
ハワイに住んで3年になります。2020年、コロナ(COVID)が発生しました。ハワイは観光業に頼りっぱなしの経済なので大打撃です。経済というのは全てリンクしていますから、観光業でビジネスがなくなり、多くの店が休業、閉店することになると、ロコ(こちらでは地元の人をそう呼ぶ)の働く先がありません。今は助成金が出ているので、「働くなくても金もらえてラッキー」くらいに思ってるかもしれませんが、この過去最大の風評被害で飛行機も飛ばなくなれば、人が集まる仕事(観光業)は長く不況を続けることになります。

こちらの学校は日本と同様、公立と私立に分かれており、公立は公務員らしくコロナの影響で全てオンライン授業となってます(この点、日本よりもコンサバ)。読解力がついた後の子供達はそれでもまだいいですが(むしろ頑張る子には効率的)、まだ言語力が十分ついていない幼稚園、小学校低学年には致命的です。公立は基本無料なので、お金がない家庭の子が行きます。お金がないということは、親御さんに経済力がないことを指し、経済力がないということは、教育含む社会全般のことに理解が足りなかったりします。そのためオンラインが続くこと、家庭で子供がどこまで勉強をしたらいいのか、学校と家庭の勉強方法の違い、などにも無頓着。この状態が既に半年経過していますが、子供達には大きな差が生まれているのが目に見えてわかります。影響は勉強だけでなく、学校という社会に参加していないのですから、社交性も身につかないし、友達もできません。コミュニケーショの相手は親、兄弟だけです。

対して私立は自分たちで決めることができます。1番楽な決断が「公立の決定に従う」ということですが、こういう学校は稼いでいる親も生徒も心が離れていきます。次に最初はオンラインだと言って逃げていたけれど、オンキャンパスに変わった学校(もしくはオンラインとの選択制)。彼らは結局コロナが大したウィルスではないとわかり、子供達も教師も普通に学校へ通っていることで、それが当たり前だという感覚に戻っています。だからといって特別なことをするわけでもなく、従来のカリキュラムの通り授業をしていて、普通通りに生徒は育っています。それだけで公立(もしくはオンラインを選んだ生徒)とは大きな差ができてます。

習い事も同じ。語学学校、ピアノ、チア、水泳、サッカーなど、安易にオンラインという選択を取った教室に未来はありません。オンラインで生徒が育つなら、コロナなんて関係なく最初からオンライン化すべきだったんです。それをその時しないで、コロナになったからオンラインにしようなんて、そもそも子供を育てる気が感じられません。そういうところからは、親も生徒の心も離れていきます。子供を育てる者が率先して、学ぶ姿勢、変わる姿勢、人を導く姿勢を見せないといけないのです。

その点、日本の学校でも変わらずオンキャンパスで、時短なし、生徒にマスクすらさせない学校もあります。むしろこれは教育者としてとても素晴らしい姿勢だと思います。どんな状況でも学ぶという意思を感じさせてくれます。そういうところに子供を預けたいと稼いでいる親は思うことでしょう(実際にこういうところは学費も高いw)。

漫画「マスターキートン」で出てくる恩師である大学教授は、戦争下でドイツ軍が攻めてくる中でも講義をやめませんでした。

「人間は学びたいという心さえあれば、どんな所でも学ぶことができる」

これは大人になっても同じです。この恩師も生涯考古学について学び続けていました。子供達はもっと「学びたい」と思っていることでしょう。

コロナだから学ぶことより安全を取るのか?

教育者なら、立派な大人なら、ちゃんと学ぶ機会を与えることを選んでほしいと思います。
tag :
<< topページへこのページの先頭へ >> 次のページへ >>