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程度のいい人間になるということ

2018-11-01
友達と言っていいのかどうかわからないけど、仲よくていつも一緒にいて楽しい誤時さんという人がいる。その人は僕の倍近く生きてる人で、一緒に食事も行くけど、いつもBARで一緒になる。

その誤時さんが私に言ってくれるのが「程度のいい人間」だということ。最初言ってることがわからなかったけど、段々と人生経験積んで色んな人とあっているとわかってくる。「程度のいい人間」というのは、右も左も、上も下も、奥行きも浅さもわかって味わった上で、今自分がここにいるというポジションを取れる人間。だからどちらの気持ちも行動も理解できるし、その行動も取ろうと思えば取れる。けれどそれを取るタイミングや場面というのは、自分で決めることができる。そういうのを程度がいいんだろうなって思う。

私の性格的に・・・

・先入観を持たずまずする
・できるだけ効率的にやりながらも常に「なぜ」と考え右、左と試す
・その上で自分がその先続けるかどうかを決める
・大事なものでずっと続けていくことと、新しくチャレンジすることをフィルタリングしていく
・その間も常に情報を色んなところから取って、新しい価値観や考え方を模索していく
・常に自分が恵まれていて、幸せだと感じる


をどっかのタイミングから繰り返している。
小学校?中学?よく覚えてないけど、繰り返して足りなかった「経験」を足していった。
38歳になってちょっと経験ができて、前には指針となる誤時さんがいて、自分の後ろを振り返って、横を見回してみると、そういうことかなと思う。

きっと人の目指すところって、プロパガンダ的な見栄えのいいものとか、お金とか、名誉みたいのあるけど、この「程度のいい人間」なんじゃないかと思う。それが価値観がズレてる人にはつまらない人間に見え、まだ見えない人には凄みに見え、程度のいい人には深みがわかるんじゃないかと思う。

ちなみにこの誤時さんは程度はもちろん良いんだけど、ファッションも生き方も交友関係も吹っ飛んでるww私も人生の振り切り方がまだまだだw
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恩を売るチャンス

2018-10-25
友達や家族、会社の同僚など誰かと関わる時、完全にイーブンでいられる状態なんてほとんどない。ずっとそんな状況だとすればそれはほとんど「赤の他人」という状態である。そして関わる時には必ず

・何かをしてあげる
・何かをしてもらう


のどちらかが生まれる。どっちがいい悪いは全くなく、先に何かをしてもらってもいいと思う。ワガママとの境を気をつけてもらいたいんだけど、何かをお願いするってことは自分も「将来何かをお願いしてくれていいよ」と暗に言ってるということ。逆に何かをしてあげるということは、将来何かをしてもらうということ。そのWin-Winの関係がなければいくら血のつながった家族だろうが、昔からの幼馴染だろうが、夫婦だろうが成り立たない。

だからもし誰かに何かを頼まれたら、それはチャンスと思うこと。つまり「恩を売るチャンス」なのである。金銭が絡んだりリスクがかかってくることはダメだけど、自分の身一つでできることならどんどん請け負う。ただし最初に恩を売るのは一つまで。一つ売っておいて何も返して来なければその人はそれまでということ。次へいこう。もう一つ、あってすぐに何かを頼んでくる人もダメ。人にやってもらうことに慣れすぎてるただのワガママな人(日本の消費者ってこういう人多いよね)なので、その時は即断ろう。
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与える人間、与えられる人間、一人で生きる人間

2018-06-25
なんでもタイプ分けするなと言われそうだけどw、現実的に38年生きてると、色んなタイプ分けがあるけれど、こういう分け方をすると3通りで分類される。

1)与える人間
2)与えられる人間
3)一人で生きる人間


私もそうだけど、1)与える人間というのは常に

「私が会社に、社会に、顧客に、友人に何ができるかな?」

という思考で物事を考える。
そのために自分ができることを増やしてき、最大限をそれをTPOで発揮できるよう行動していく。
タイプ的には必然的に経営者に多いと思うけれど、経営者でも政府に、取引業者に、既存客に何かを与えられることだけを待っている経営者も多く見るので、一概に経営者だから、というわけでもないと思う。

対して、こうした1)から与えられることを待つ人間たち。これも同じくサラリーマンだからとか、士業だからとか主婦だからと分けられるわけでもないと思うけれど、与えられることを待っている人達というのは決まって、

「今季の目標はなんだろう?」
「〇〇さんがこう言っているから」
「〇〇協会がこういっている」
「この業界はこうすることが慣習」


という何を誰に与えられるか?思考になっている。
これは考え方、姿勢であって上記職業の中でも色んな人がいる。
サラリーマンでも会社という組織の中で自分ができることを最大限発揮するために生きている人は自然と経営感覚が磨かれ、役員になっていく。
そうでないとずっと平社員(給与&賞与)の世界で生きる。

士業でも資格を取った後ビジネスとして努力していく人は自然と与える人間思考になっていく。
でないと客もついてこないし、収入にならないからなんだけど、それがわからない人はただ資格取って、みんながしてるからって独立して、客に仕事を与えられることを待っている。

主婦も・・・同じだと思うけど、プライベートなことと、自己肯定の主婦が多いのも事実だから、あまりここは触らないようにしよう(笑)。

いずれにせよ与えられる人は与えられることに待っている習慣が板についてるから、与えられることを期待していただけで自分では十分なことを自分からしてこなかったにも関わらず、結果が伴わないと他人批判に走る。
こっちがマジョリティだから社会は面倒くさい。

営業マンもこっちが多い。
客に買って欲しい、この人お金持ってそうだからってすり寄って来てるのは自分にも関わらず、買ってもらえないと、否定されると逆否定(逆ギレ?w)に走る。
与える人は、それ知ってるから、与えられることを待ってるだけの営業マンは関わらないか、ハッキリ拒否します。

最後に3)一人で生きる人間。

社会って競争社会で、こういうのはあって当たり前。
与える側と与えられる側両方を見ていると、与えるほど責任感を持ちたくもないし、自分にその器量もない。
けれど与えられる側は、上の顔色を伺わなきゃいけないし、自分の自尊心も傷つく。
だから一人で生きよう、って1)、2)から逃避する人もたくさんいる。
結果、一番楽な一人で生きていくことを選ぶ。
けどこの人達もたまに誰かと関わると与えられる人間になる。
与える器量はないから、結果そうなるよね。
けどそこで一人ではないから必ず不満が出てくる(与えられる側にも関わらず)。
自分は自分ってわけわかんない正当性を出してきて、与えてもらってるものだけもらうことを当然のようにもらっていく。
そしてまた一人の世界に戻る。

これを何度も何度も年齢関係なく見てきた。
そしてその人がどんな人かって見極めるのって意外に簡単で、今現在その人がどの姿勢で物事を考え、発言し、行動してるか、っていうのを見ると、どのタイプの人間なんだってすぐわかる。
そして・・・

どのタイプと付き合いたいか?
この社員はどのタイプか?
この営業マンはどのタイプか?


というので自分が付き合うのかを決めるといい。
2)の人はむしろ1)の人の方がメリット大きいから近づいていくことになると思うし、3)の人は3)の人と付き合うことが多いと思う。
けど1)の人は与えることに慣れてるし、与える対象になる人は1)ではないだろうから、2)と3)の人をいかにうまく付き合って、いかに価値を創造していくか?という思考になる(結果、社会や会社に価値を与えていくことになるから)。

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本当に相手のことを考えて言う人、好かれるために言う人

2018-05-29
自分自身もそうだし、友達や同僚、顧客もそうだろうけど、人と関わっていく上で2種類の対応の仕方があります。

1)本当に相手のことを考えて、その人にとって最も良いと思うことを話す。
2)その人が言ってほしそうなことを言ってあげる。


なんかどっちも悪い人ではなさそうですよね(笑)。けれど内容自体は結構真逆なことが多いと思います。

人生は厳しいもので、困難がたくさんです。プライベートであれば、結婚、離婚、トラブル、家族紛争など。投資であれば損失。保険であれば人情で加入してしまった保険が実はどうしようもないものだった、などです。

そんな時、プライベートだったら友達に相談してた時の反応が、イエスマンだったら2)のタイプ。あなたにとって居心地の良い関係、気持ちをごまかせるようなことを言ってくれます。もちろんそれが悪いというわけではありません。けれど実際に問題解決や人生の本質に近づけるかといえば違いますよね。

そんな時必要なのが1)のような人。あなたのことを本当に理解し、あなたにとって辛いことでも、現実であればちゃんとそれを事実として伝えてくれ、一緒にそれに向き合って問題解決策を探してくれる人。だからといってなんでもその人に任せっきりもよくありません。あなたがちゃんと自律するため、ゆっくり歩幅を合わせ一緒に横で歩き、時には後ろに下がり、最悪の場合はセーフティネットになってくれるような存在です。

我々のようなビジネスでいうなら2)は証券マンや保険屋に多いパターンですよね。証券マンは相場が上がってる時には「買いましょう」と言い、下がりだすと「売りましょう」と言う。だからいつも顧客は損をしてしまいます。本当は1)のような証券マンがいたら、下がっている時に「買いましょう」と言い、上がってる時にちゃんと「売りましょう」と言ってくれます。

保険屋だったら

2)「あなたガンになったらどうしますか?」
「万が一のことがあったら家族は大丈夫ですか?
「みんなこれ(保険)やってますよ」


と言う。
けれど本当は・・・

1)「その保険無駄ですよ。やめて無駄な保険料払うのやめましょう」

と言ってくれる保険屋さんが本当に信頼できる人です。

はい、もうおわかりかと思いますが、弊社K2は私を筆頭に、すべてのスタッフ(アドバイザー)はこの1)の立場でいるようにしています。というか私がわざわざそれを言わなくても彼らは最初から1)のようなアドバイザーだったから、うちで私と一緒にやっている、と言ったほうがいいかもしれませんね(笑)。

いつもどっちかが正しくてどちらかが間違ってる論をしたがる人が多いので、敢えて繰り返して言いますが、どちらが正しいという話ではありません。あなたが何を求めているか?です。楽な人生、とにかく悩むことから逃げたい方は2)。誤魔化して生きるのはもう嫌、本当に自分がしたいこと、自分にとって良いことをしていきたいという方は1)が必要です。あなたがどちらのタイプかだけは、あなた自身が決めてください。
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小さな世界の唄

2018-03-16
たぶん人生ずっと

「小さな世界」



「今ここにいることが幸せ」

の間で生きている。

今まで見てきた自分の世界はまだまだ小さな世界で、本当はもっと大きな世界があって、見たこともない景色、価値観がある。現実世界でもビジネスでも人間間でも、何においても。だから常に自問をし、自己否定をし、新しいことにチャレンジしていく。もちろんその時点ではその先に何があるかなんてわからない。わかった気になっていたら、その時点で狭い世界に住む住人である。

一方、ずっと否定し続けるのはマイナスパワーになるので良くない。常に自己肯定もし、今の自分と周りにあるものを見て幸せだと思い感謝もしないといけない(こういう書き方はちょっと宗教っぽいか?w)。そうしてプラスパワーとなり、周りも動かし、今の人生も謳歌できる。

この2つは相対する価値観で考え方だけど、どちらも不可欠。「小さな世界」を知らないと、今までの自分の生き方を過度に肯定し、そこからでしか物差しを測れず、世の中の変化にもついていけない。「今ここにいることが幸せ」だと思わないと、いつも文句ばかり言っている更年期障害のオバサンかノイローゼ、うつ病に思われて、誰もついてこない。

私は今38歳。昔からといってもそんな昔でもないけど、年上、年下色々お付合いさせてもらってきて、60、70、80代など年上の人達を見ていても、ずっとこの「小さな世界」との戦い。みんな人生の楽しい部分も知ってるけど、負の側面も知っている。そして負の側面自体を否定することもなくそのまま受け入れる。それが人生だから。

とこうしてハワイの早朝、太陽の下、ハワイの風に吹かれていると、ゆっくりと考えることができる。こういう時間にも幸せを感じる。

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